第38回吉川市近隣少年野球大会は3月20日、吉川ウイングス(吉川市)の優勝で閉幕した。同日の準決勝第1試合は、草加市同士が一進一退の好ゲームを展開。劇的な幕切れまで目が離せなかった戦いと、そこで生まれた2人のヒーローを特別にレポートしよう。なお、準決勝第2試合は、吉川ウイングスが南川崎ゴールデンアロー(八潮市)に10対0の3回コールドで勝利している。
※記録は編集部、学年の無表記は新6年生
(動画&写真&文=大久保克哉)
⇧3位/長栄タイガース[埼玉・草加市]
⇩3位/南川崎ゴールデンアロー[埼玉・八潮市]
■準決勝1
◇3月20日 ◇旭公園野球場
長 栄 0201002=5
草加ボ 1000204x=7
※特別延長7回
【長】伊藤、五十嵐-石田
【草】鈴木、北村-高橋
本塁打/鈴木(草)
長栄タイガース(以下、長栄)は昨秋の新人戦で県大会に出場。同大会準優勝の山野ガッツ(越谷市)に2回戦で敗れている。その長栄に草加市予選の決勝で敗れていたのが草加ボーイズ(以下、ボーイズ)で、スコアは8対2だった。
新6年生たちの両チームの激突はそれ以来となる。この戦いの次には決勝のダブルヘッダーだったが、ともに背番号10のエースが先発のマウンドへ。
3年連続の全日本学童埼玉大会出場を期す草加ボーイズ。中学硬式の「全草加(草加ボーイズ)」とはまったくの別組織だ
「何も隠すつもりないですね。そういうので勝てる相手でもないですし、今がゴールでもない。真っ向からいくだけです」
試合前にこう話したのは、コーチから指揮官に転じて1年目のボーイズ・本村洋平監督だ。相手もそれは同じであっただろう。夏の全国大会につながる全日本学童の草加市大会は、ここ2年連続でボーイズが制覇。実父から指揮官を引き継いで20年になるという長栄の村上武史監督は、こう語っている。
「草加でNo.1を獲って上部大会に出る、というのは常々言ってきていることで、埼玉(県大会)を勝って全国へというのが長年の目標です」
1975年創部の長栄タイガース。村上監督が実父から指揮官を引き継いで20年になる
試合は双方の好守で幕を開けた。まずは表の守りで、ボーイズのバッテリーと二遊間が一発けん制でピンチを脱する。その裏は長栄の捕手・石田駈が、一死二塁のピンチで小飛球を好捕してみせた。
二死となったボーイズだが、四番・鈴木健太主将の中越えエンタイトル二塁打で1点を先制。すると、長栄もすぐさまやり返す。四番・伊藤稜晏主将の左前打から一死一、二塁として、七番・木幡翔馬が右中間を破る二塁打で2対1と逆転した。
ボーイズは1回裏、髙橋(上)と鈴木主将のエンタイトル二塁打で先制。鈴木主将は投げても5回まで3失点とゲームをつくった(下)
これ以降は先発の両エースが踏ん張り、試合が引き締まる。ボーイズの右腕・鈴木主将はミス絡みで4回に1点を失うも、まるで動じずに既定リミットの70球まで投げ抜いた。結果、3回から5回まで相手を無安打に。「去年の12月からフィールドフォースカップを経験して(3位)、チームが一体になって粘り強く戦えるようになったと思います」(鈴木主将)
ボーイズは新6年生が5人だが経験値が高く、指揮官の信頼も厚い。いきなり先頭打者二塁打を放った髙橋一生ら体格に恵まれた選手が複数おり、下位打線もバットが振れていた。
長栄は遊撃手・並木唯翔(上)の広い守備範囲も光った。2回表には四番・伊藤主将の左前打(下)を皮切りに2対1と逆転する
対する長栄は、新6年生がスタメン9人を含む11人。エースの伊藤主将は緩急の投球が出色だった。毎回、走者を負いながら要所を締め、5回途中1失点で背番号1の右腕・五十嵐聖成へバトンタッチ。
「配球はキャッチャーに任せていますけど、相手バッターのタイミングが合ってきたなとか、打つ気満々に感じたときは、緩いボールも入れて外して引っかけさせる。いつものピッチングはできたと思います」(伊藤主将)
ベンチも好勝負を演出
一進一退の好勝負。双方のベンチの落ち着きぶりが、これを招いた面も大いにあっただろう。長栄には好機でのバント失敗や逆にバント処理のミス、ボーイズには好機での併殺打や適時失策があった。それらの直後でも、ベンチの指導陣に感情的な言動は見られなかった。
「試合は何があってもそれが実力なので、ミスしても怒ることはないし、『ダメなら練習でもう1回やりましょう!』と」
ボーイズの本村監督は、過日の大会でそう話していた。
サインを出すボーイズ・本村監督。選手を信頼しきった雰囲気がうかがえる
キャリア20年の長栄・村上監督もまた、当初から一貫して同様のスタンスで歩んできているという。「試合というのは、やってきたことの結果なので、いちいちその場で特に言うことはありません。ミスが出るのは仕方ないし、チャレンジしてダメならダメで、また練習すればいい」。
長栄・村上監督は試合中の選手を追い込まない。「適当なプレーとか、途中で諦めたりしたときは怒られます」(伊藤主将)
長栄の二番手・五十嵐は救援した5回途中のマウンドで、自らのボークで1失点。さらに手痛いタイムリーを浴びることになるが、伊藤主将同様に粘投。バックの守りが崩れても、制球を乱すことはなかった。
「継投は予定通り。伊藤も五十嵐もウチのエースです。『ピッチャーが一生懸命に投げているから、盛り上げろ!』というのは常々言ってます」(村上監督)
ボーイズは5回裏、五番・石川が右へ同点タイムリー(上)。長栄の二番手・五十嵐は滅入ることなく、ストライク先行で打者に立ち向かった
5回裏、1点を返したボーイズはなお、五番・石川颯人の右前タイムリーで3対3に追いついた。続く6回表は二番手の北村寛太が、無死二塁のピンチから相手クリーンナップを3人斬り。その裏は長栄の右腕が負けじと踏ん張り、勝負は無死一、二塁で始まる特別延長戦へ。
先攻の長栄は、送りバント失敗の直後に木幡がまたも2点タイムリー二塁打。ボーイズは続くピンチで、右翼守備に回っていた藤川悠義(新4年)の本塁好返球などで後続を断つ。打線では三番に入る藤川がその裏の攻撃で、一死から中前打で満塁に。
ここで長栄・村上監督がマウンドへ走り、内野陣にやるべきことを指示した。
「2点勝ってるし、1アウトを取っているから三塁ランナーは返してもいい。取れたらゲッツー、取れなくてもアウトカウントを増やせばいい。(五十嵐へ)ピッチャーも良いボールがいっているから、自信を持って投げればいいよ」
7回裏、ボーイズは三番の新4年生・藤川の中前打(上)で一死満塁に。長栄は村上監督が内野陣をマウンドに集めて指示を送る(下)
ボーイズの四番・鈴木主将にとっては、最高のお膳立てが整っていた。守備側のタイムの間に本村監督と笑顔で言葉を交わしつつ、こう腹を決めたという。
「もう、オレが決めてやる! ホームラン一本だけ狙いました」
こぶし半個分、バットを余して握る四番打者は初球をフルスイングで空振り。続く高めのボール球を見逃してカウント1-1からの3球目だ。バットの芯でとらえた白球はレフト方向へ舞い上がり、70mの特設フェンスを越えていった。
「当たった瞬間、手応えはありましたけど、『届け~!』という気持ちでした」(鈴木主将)
ボーイズ・鈴木主将が逆転サヨナラ満塁アーチ※動画は➡こちら
グランドスラムで逆転サヨナラという劇的な幕切れで、ボーイズの新人戦のリベンジが成った。
両軍の第3ラウンドは早ければ、4月6日に実現する可能性がある。舞台は全日本学童の草加市予選の決勝。まずは同日の準決勝で、ボーイズは北友コンドルズと、長栄は翼少年野球とそれぞれ対戦する。
〇草加ボーイズ・本村洋平監督「勝つとしても簡単にいかないと予想していました。ミスなどもありながら、ガマンできたことが終盤の追い上げと勝ちにつながったと思います」
●長栄タイガース・村上武史監督「結果として負けましたが、良い試合。内容がありました。春先にしては形になっていたし打線も調子が上向き。あとは個々のレベルを高めて、細かいミスを減らせれば」
―Pickup Hero❶―
「チームを勝たせたい!」体も声もプレーも堂々
[草加ボーイズ/遊撃手兼投手]
きたむら・かんた北村寛太
逆転サヨナラ満塁ホームラン。ダイヤモンドを一周してきた鈴木健太に抱き着いた北村寛太は、泣いているようだった。
「準決勝はキャプテンの鈴木クンのおかげで勝ったと言えるくらい、みんなが頼り切ってました」
四番・投手、鈴木主将の投打にわたる活躍は試合評のとおり。確かに、独り舞台と言えなくもなかった。ただし、それも北村の演出もあればこそではなかったか。
2回に逆転され、4回には四死球とミス絡みで追加点を献上と、嫌な流れが続いていた。いつ切れるとも知れない緊張の糸。これを懸命に守り抜いたのが遊撃を守る北村だった。自らの守備機会を無難にこなしつつ、仲間にハッパを掛け続けていた(=下写真)。
「ドロくさくいくぞ!」「ガマンしろ、必ず流れが来るから!」…。
打っては4打数で左前打2本。一塁ベース上から、ベンチに向かっての雄叫びは勝手に出るのだという。5回裏の2安打目(=下写真)は同点劇の口火に。6回からはマウンドへ上がり、特別延長の7回表には迅速なバント処理で三塁フォースアウトを奪ってみせた。直後に2点タイムリーを許したが、後続を断ったことがサヨナラ劇にもつながった。
161㎝57㎏、小学校で一番の高身長という背番号1。この北村がフィールドでさらに大きく感じられたのは、筆者だけではないようだ。本村洋平監督はこう評している。
「北村はフィールド上の監督みたいな感じ。キャプテンの鈴木とまた違った持ち味で、2人とも頼れる存在です」
同日の決勝は逆にサヨナラ負けを喫し、マウンド付近でしばし倒れ込んだ。すると、今度は仲間たちが肩を叩き、抱き起してくれた。
「自分の結果はあまり関係ないというか、チームが勝てばいいので。みんなが楽にプレーできるようにいつも考えてます。チームの目標も個人の目標も、全国大会に出ること。それだけです!」
2年前に卒団した姉・絵菜さん(東京城南ボーイズ)は6年時に千葉ロッテJr.でもプレー。弟はまだまだ、すくすくと真っすぐに伸びていきそうな6年生だ。
―Pickup Hero❷―
生まれるべくして“ラッキーボーイ”
[長栄タイガース/一塁手]
こはた・しょうま木幡翔馬
「この大会に入ってから打てるようになってきたので、打順を1つ上げたんです」(村上武史監督)
準決勝でも指揮官の起用に見事に応えたのが、スタメンに七番・一塁で名を連ねた木幡翔馬だった。
2点タイムリー二塁打を2本、それも逆転打と一時勝ち越し打だった。1本目は2回表、右中間を破った。「打ったのはアウトコースの真ん中らへん。ここで決めよう! と思って打席に入りました」。
2本目は特別延長の7回表、中堅手の頭上へと打ち返した(=下写真)。「どうしても点数がほしい場面だったので、しっかりと自分のスイングをして打とうと」
どちらのタイムリーも、前の打者で1アウトを奪われた直後。それだけに味方の歓喜はより大きく、相手に与えたダメージはより深かった。
「好調の理由? 日ごろの練習ですね。毎日、素振りをしたり、ちょっとの距離のダッシュを繰り返しています」
どうりで、ボール球の見逃し方からして雰囲気があったわけだ。軸足のスパイクの真上に膝が乗ったままのトップから、目線がまるでブレない。タメと振り抜きが効いた力強いスイングも、反復練習とフィジカルの鍛錬の賜物なのだろう。
「試合はいつも楽しいです。練習ではコーチが速い打球をノックで打ってきたり、厳しいこともありますけど」
一塁守備では3回表にバント処理を誤り、無死一、二塁とピンチを広げてしまう。たが、直後に1-5-3の併殺を決めるなどして失点を回避した。
長栄タイガースはこのように、1個のミスや手痛いアウトで消沈しない。仲間同士でカバーし合う戦いぶりが印象的だった。「試合でのミスは仕方ない。ダメならダメでまた練習すればいい」と語る指揮官の下、そういう土壌が築かれているからこそ、この日の木幡のように下位打線からでもラッキーボーイが生まれるのだろう。
「トップを目指していたので、3位という結果はちょっと悔しいです。これからもどんどんヒットを続けて、上位打線に入っていきたいです」
木幡は姉2人に続く末っ子。元球児の父の影響で始めたという野球が今、とにかく楽しくして仕方がないようだ。